ご相談
窯の前で、赤熱した器を引き出す加藤尊也
萃升窯 岐阜県多治見市 志野・瀬戸黒

加藤尊也

「一朝一夕にはできないものです。一つ一つの積み重ねで、今があるので。」

── 加藤尊也(2026年3月のインタビューの言葉から)
百草土の塊を両手で持つ手
上から見た採土場の土の層

土 ── 教わる前から、体が動いていた

多治見の工房。土を練る手が、ぬれて光る。

小さい頃から絵が好きで、美術館に通う子どもでした。絵から彫刻へ、建築へ。好きなものは移っても、土を触って作ることだけは変わらなかったといいます。

志野を始めたのは二十歳を過ぎてから。けれど、良い土が手に入らず、思うものができない。一度は離れ、誰もやっていない現代的な作品を作りました。山へ通って土を掘り、良い材料に出会えてから、もう一度、志野に戻りました。

いま使うのは、美濃に埋まる百草(もぐさ)土。粗く、細かい空気を含み、焼き上がっても手に温かい。少量の鉄分を含み、急な冷えに耐える。志野の白と瀬戸黒の黒は、どちらもこの土から始まります。

「小さい頃から絵が好きで、絵から彫刻、建築へと、好きなものは変わってきました。でも、土を触って作ることだけは、ずっと変わらずに続けています。」

── 加藤尊也(2026年3月のインタビューの言葉から)
ろくろに向かう加藤尊也

手 ── 削りすぎてもダメ、削り足りなくてもダメ

伏せた茶盌。底の輪を、木べらが一周する。

高台は、器を置けば隠れる場所です。茶人は、まずそこを見ます。轆轤は百年前の手まわし。回転は一定ではなく、挽いているあいだに遅くなる。その遅さに合わせて、土が伸びます。

削りは、土の表情と硬さを見ながら、止めどころを探す仕事です。一つとして同じ高台はありません。

「削りすぎても、削り足りなくてもいけません。土の表情や硬さを見ながら、いちばんよいところで、手を止めます。」

── 加藤尊也(一碗百話 一「高台」の言葉から)

火 ── 待つ白と、決める黒

窯の扉が開く。中は橙に光り、頭巾の人影が赤く照らされる。

志野は、強い還元の火で焼きます。温度は上がりにくく、昼も夜も火の加減を見続ける。季節と天気で、白の出方が変わります。

瀬戸黒は正反対です。もっとも熱いとき、鋏で器をつかんで窯の外へ出し、一気に冷ます。そのとき、釉が漆黒になる。一窯から一つ、納得のいく器が出れば良しという仕事です。

「窯から出すのは、本当に数秒の差で違ってしまう。その刹那をどう見極めるかが、一番難しいところです。」

── 加藤尊也(映像「瀬戸黒」の言葉から)
志野の茶盌。白い長石釉と火色
瀬戸黒の茶盌

師 ── 白と黒を、ひとつの窯で

昭和のはじめ、荒川豊蔵が美濃の山で志野の陶片を見つけ、志野と瀬戸黒をよみがえらせました。その志野が、加藤尊也の転機になりました。

志野は鈴木藏へ、瀬戸黒は加藤孝造へと受け継がれます。加藤尊也は、二人の重要無形文化財保持者の教えに直接触れる機会を得ました(1999年 風塾で瀬戸黒、2005年 伝承者養成研修会で志野)。

別々の人へ渡ったふたつの技を、いま、ひとつの窯で焼いています。

「志野は、一生かけてもたどり着けるかどうか。そういうものにめぐり会えたことが、私の希望であり、光になっています。」

── 加藤尊也(2026年3月のインタビューの言葉から)
志野の茶盌に点てた抹茶と、茶筅

器を使う人へ ── いちばんの景色は、最後に

茶が減っていく。見込みの底に、外とは違う景色が現れる。

口造りは、山の峰々を思いながら、流れを止めずに一瞬で作ります。見込みは、覗いたとき外見より深く感じるのがよいと、昔から言われてきました。茶を点て、飲み終えたあとに残る景色が、茶盌のいちばんの見どころになります。

「お茶との響き合いで、茶碗の中の表情が出てきます。この器を手にした方が、日本の文化を少しでも感じてもらえたらと思います。」

── 加藤尊也(一碗百話 三「見込み」とインタビュー映像の言葉から)
桐箱の蓋に墨で書いた「尊」と、朱の印

尊(そん) ── 己を示すのではなく

桐箱の蓋に、筆が走る。墨で器の種類と「尊」を記し、印を押す。

「尊」は、加藤尊也が器に記す名です。自然を尊び、敬う思いから。己を示すのではなく、山、月、海、風、川を受け入れる器。

「器は、自然の中から引き出すもの。自然にはかないません。それでも、自分の作ったものが生きた証として、誰かの心を動かすひとつになれたら。」

── 加藤尊也(2026年3月のインタビューの言葉から)

作家の言葉

「失敗するたびに、新しい発見があります。そこからまた道が開け、枝分かれするように、どこまでも広がっていきます。」

── 加藤尊也(2026年3月のインタビューの言葉から)

「言葉も大切ですが、言葉にならない感覚もまた、とても大切だと思っています。」

── 加藤尊也(2026年3月のインタビューの言葉から)

「高台は、隠れるところです。だからこそ、いちばん丁寧に作ります。」

── 加藤尊也(一碗百話 一「高台」の言葉から)

器ができるまで

  1. 土美濃で採れる百草土。採れる場所は限られ、量はわずか。練って、寝かせる。
  2. かたち百年前の手まわし轆轤を再生して使う。回転が落ちていく時間に合わせて挽く。
  3. 削り生乾きの器を伏せ、木べらで高台を削り出す。土の表情と硬さを見て、止めどころを決める。
  4. 乾燥乾燥機を使わず、工房を抜ける風で乾かす。
  5. 釉志野は長石の釉を厚く掛ける。瀬戸黒は鬼板に灰を混ぜた釉。
  6. 窯志野は強い還元の火で焼き、火を入れてから冷めるまで七日。瀬戸黒は、もっとも熱いときに鋏で引き出して急冷する。
  7. 窯出し扉を開けるまで、仕上がりは分からない。思いどおりの器は、わずか。
  8. 箱器ごとに桐箱を整え、蓋に器の種類と「尊」を記して印を押す。

陶歴

1960
岐阜県多治見市生まれ
1984
武蔵野美術大学 卒業/岐阜県美術展 県展賞
1986
小名田尼ヶ根古窯保存運動を展開
1991
美濃陶芸展 奨励賞
1993
日本伝統工芸展 入選 以後数回
1999
重要無形文化財保持者 加藤孝造先生の風塾にて(瀬戸黒)指導を受ける
2002
(社)日本工芸会正会員に認定
2005
重要無形文化財保持者 鈴木藏先生より伝承者養成研修会にて(志野)指導を受ける
2012
岐阜県伝統文化継承功績者顕彰(志野)
2018
美濃茶盌展 銅賞
2020
美濃茶盌展 奨励賞
2022
第39回卓男賞受賞
現在
(公社)日本工芸会正会員/(公社)美濃陶芸協会 常任理事/伝統工芸士

出典:Gallery Son「職人 加藤尊也」